入口に「Adam(アダム)のドライサウナは一部故障中です」と貼り紙があった。
それを見て、ああ俺はアダムなのかと思った。
全部故障中ではどうにもならないが、一部ならばなんとかなるだろう。
そう思って入ったら、確かにドライサウナのストーブ横の上段の、板が沈んで着席禁止になっていた。
三年くらい経って、おじさんと僕は砂漠に出かけ、ザクロの果樹園まで歩いていった。木はみんな枯れていた。土にはまたサボテンと砂漠の藪がびっしり生えていた。小さな枯れたザクロの木々以外、その場所は長年ずっとそうだった姿そのままだった。
僕たちはしばらく果樹園を歩き回ってから、車に戻っていった。
僕たちは車に乗り込み、街に帰った。
僕たちは何も言わなかった。言うべきことはものすごくたくさんあって、それを言える言語なんてありはしなかったのだ。
(ウィリアム・サローヤン『我が名はアラム』より)
俺はアダム、俺はアダムと繰り返しているうちに、『我が名はアダム』の書名が浮かんで、今日はそこからなにか引っ張って、格好つけた日記にしてやろうかと思った。
しかし家に帰って手に取ってみると、『アダム』ではなく『アラム』なのであった。
記憶なんていい加減というか、一度収納した記憶が歪んでくる年頃なんだな、もう。
だいたいこの店には朝の清掃が終わった後、サウナ室の空気がカラッとして、サウナマットがフワッとしている時間を狙って来ていたのだけど、今日は午後だった。
店内にいながらにして、お客さんの雰囲気で、日が落ちてきたのがわかるのは面白いことだった。
今日のサウナはアダムアンドイブだった。