削られた山とセメント工場、これぞ秩父っすねぇと言いたくなる風景だ。
都心から特急一本で来られる土地は、だいたい観光客誘致で温泉に山菜に地酒にとステレオタイプで語られがち。
そうでないと人が来ないのだから仕方がないが、秩父は流されているイメージより遥かに武骨な土地であると思う。
横瀬は「よこぜ」と読む。
入口手前に送迎バスの乗り場があった。
どうも空模様が怪しいし、徒歩10分の距離だって送ってくれるならありがたい。
受付で「今日は送迎バスは走るんですか?」と尋ねてみたところ、お姉さんは「週末だけなんです」とやや腰が引けた感じで答えを返してくれる。
浴室では間違いなく常連さんたちが、昨日の秋華賞の反省会をしていた。
デアリングタクトの三冠を称え、あのヒモは拾えないと嘆き合っていたが、皆が思い思いのスタイルで口をタオルでしっかり塞いでいる。
さっきの受付のお姉さんといい、ここは例のウイルスへの警戒感が強い土地なのかもしれない。
サウナは湿度系で、でっかいikiでも玉泉のような樽でもなく、筒と表すとピッタリくるサイズのストーブ。
細長い部屋の上下2段式で定員8人ほどのサウナ室はテレビも音楽もなく、どうしてか常連さんたちは下段にしか座らないものだから、闖入者が上段から見下ろす形で3セットした。
水風呂は蛇口からの掛け流し、露天風呂とウッドデッキがあって外気浴はどこでもお好きな場所でのスタイルだ。
飲食が充実しているので長時間の滞在も問題ない。
泊まりたければ別館に泊まるもよし。
現時点ではまだ、武甲温泉の名物らしい舞踊ショーは再開されていない。
マスクなんかして外に出なきゃいけないうちは、とにかくなんでも前には進まないもんだとつくづく思う。
どうも秩父の名物はみそポテトらしいのだが、あいにく今日は左前方の店が定休日だったため、味わうことは叶わず。
多少の雨だったら、降ってもらったほうが生活感のある街を見られて好ましい。
晴れの日よりは、雨の日のほうが本質が表れる。
よその街に行っていきなり本質が見たいとは図々しい話だが、街も人も適度に湿っているほうがいいとは昔から思っている。
御花畑駅と西武秩父駅と関係を、知らぬ人に説明するのは難しい。
駅名で知られているのがこの駅だが、秩父鉄道には他にも波久礼(はぐれ)という響きのいい名前の小駅がある。
秩父は古い建物がたくさん残っている街だ。
保存というより、残ってしまった建物ばかり。
秩父市役所の庁舎だけが立派な現代建築で、ちょうど12時にその横を通ったものだから昼休みの職員たちが出てきた。
俺と同じ方向に歩いた職員たちは、御花畑駅で立ち食いそばを食べていた。
このパチンコ屋が稼働していた時代、今よりも景気はよかったのではないかと思う。
時代に取り残されてしまったのはこの「パチンコ朝日会館」ではなく、人間のほうなのでは。
で、こっちも取り残されている気配はあるのだが、まだ立派に稼働中なのがパリー食堂。
御花畑駅と秩父鉄道の秩父駅の間、番場通りをちょっと逸れた場所にある。
建物の雰囲気に惹かれてパリー食堂で昼食。
ビールは大瓶しかなく、シュウマイにオレンジが添えられてきた時点で、普通とは違う予感があった。
オムライスにメロン!バナナ!パイナップル!またオレンジ!が一緒の皿にのってくる。
その場で調べたらこのパリー食堂、結構有名な店らしい。
しかし店内の様子にも、他のお客にも、足元でゴロゴロしている猫にも、なにも特別な雰囲気はなかった。
オーダーしたのは3点で2000円ちょうど。
さて、帰りには西武秩父駅の祭の湯でもう一浴……と考えていたのだが、やめた。
ここは次に秩父に来る理由として、楽しみとして、残しておこう。
そもそもこんなに気持ちよくビールを飲んでしまった後、風呂に入るわけにはいかんだろ。
【武甲温泉】