68歳の父が再び働く。
今日の夕方から宿直、と聞こえてきた。
宿直。
命を縮めるような展開になってしまう悪い予感もするが、お金が欲しければ幾つであっても働くしかないのが資本主義社会で低福祉の社会。
仕方がない、と思ってしまう冷たい息子は俺。
俺が育った群馬の実家は父の代で購入した持ち家、しかし退職金まで返済に充ててもローンは残ってしまったのだという。
典型的な「詰み」のパターン、流行りの老後破産。
何とか破産を避けてはみたが、代わりとして68歳にして新天地で働く羽目になってしまった。
親と金銭の話をするのはしんどいものがあるが、おそらくはかなりアバウトな設計でローンを組んだのだろうなと思わされる。
息子は一時期進学で実家を離れるが、すぐに地元に帰り両親の面倒を見ながら生きていくに決まっている。
そうなれば家にもお金は入れるだろうし、入れさせる。
そこのところで調整すれば、ローン残額なんてどうにでもなる。
そんな感覚だったんだろうし、こんな良心に欠けた息子でなければ、実際どうにかなっていた可能性もある。
今時の年金支給額では悠々自適とまではいかないにしろ、たまに孫に小遣いを渡せるくらいの生活は成立していただろう。
詮無い想像、なんてまとめてしまうとますます人の心の無い息子。
今の時間、父は68歳の初出勤の職場で働いているのだろうか。
宿直に、仮眠時間はあるのだろうか。