血はぬるい液体だった

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この数日間は普段より遠い場所で働いていた。俺はその遠い場所で舌を切った。不意にフンッ!と力を入れなければいけなくなって、フンッ!と力を入れたら歯が舌に刺さった。これだけ書くと間抜けだけれど、間抜けだったのは確かだから仕方がない。どうせ俺のことだからいくら馬鹿にしてくれてもいい。嘲笑されるのにも慣れている。切れた舌からは出血した。吐き出してみると大した量には見えないけれど、口の中はすぐに血でいっぱいになる感触だった。ずっと血は鉄の臭いと鉄の味だと思ってたのに、そんなことはなかった。なんだかぬるい液体が口の中に湧き続けているだけの感覚だった。病院に向かえばいいだけの話なのだが、この土地の病院は俺より痛くて苦しい人で満たされているので、自分に行く資格があるとは思えなかった。そもそも痛いかと聞かれればそうでもない。だからいいやと思った。血を吐きながら働いていたら、だんだんと口の中のぬるい感覚が消えてきた。出血は止まり、これでなにも問題はなかったんだと思った。その日の夕食は豚汁だった。舌の切れたところにしみて、ほとんど食べられなかった。次の日もなにも食べられず、水を直接のどに流し込みながら働いた。さっき帰ってきて、こちらの病院に行った。「どうしてすぐに病院に行かなかったの?」と医者から半ばなじるように尋ねてきたくせに、俺が「〇〇に居たからです」と答えたら、「ああ、それは…ご苦労さまでした」とねぎらってきた。医者からねぎらわれたのは、おそらく生まれて初めてだったのではないか。

 

以上