「30年間、いつも俺を支えてくれていた手だ。苦労も、喜びも、一緒に感じてきた手だ。だけど、その手はもう、俺の手を握り返してはくれない。次から次へと涙があふれた。(人間って、こんなにも涙が出るものなんだ)」
「運転しながらも泣けて、泣けて、涙で前が見えなかった。子どもたちが、『パパ、危ないよ。あぶないよ!」と言っていたのをうっすらと憶えている」
「また涙が出た。本当に俺はよく泣く。この何日かで一生分泣いた気がする」
「遺影となった女房は、2年前の姿のまま、微笑んでいる(もう、あいつだけは年、とらんのやなあ)」
「死体でもいいから、やっぱりそばにいて欲しいと思った」
「俺にとっても初めての女性は女房だし、結婚してからも一度も浮気はしなかった」
「女房が死んで少し経ってから、近所の人に、『蛭子さん、奥さんは早く亡くなってしまったけれど、あれだけ一緒にいてあげられたからそれだけでもよかったね』ってなぐさめられたことがある」
「でも嬉しいことに、娘も息子も、『パパとママみたいな、いい家庭を作りたい』と言ってくれている。『どこの夫婦よりも仲が良かったから、ふたりみたいな夫婦になりたい』って」
「俺は結婚して、夫婦仲良く長い間暮らすのが、人間の究極の幸せだと思う」
「俺は、『人間って、誰かを幸せにしたり、喜ばせるために生まれてくるものだ』と、そう思ってる。」
蛭子さん、立派な男じゃないか。
立派な夫であり、父だったじゃないか。
自分の両親のような夫婦になりたいなんて、そう思わせる親なんてそうはいない(自分も両親のような夫婦になりたいと思ったことがない、ということに気づかされてしまった)。
こんなにも妻への愛が素直に書かれた文章を、生まれて初めて読んだよ、俺は。
実はまだ、この本の全7章のうち2章までしか読んでいない。
薄い本なのだが、ひとつひとつのフレーズが突き刺さってくる思いがして、なかなか進まない。
通勤途中や、昼メシのカップラーメンをすすりながら読めるような本ではないのだ。
蛭子能収という人は何かと笑われる対象にされがちだが、喜びも悲しみも苦しみも疑問も欲望も、素直に口に出して生きていく蛭子さんに、皆で嫉妬して憧れてるだけなんじゃないか…