晴れた日は大洗へ(潮騒の湯)

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茨城は「いばらき」と読みます。

「いばらぎ」ではありません。

でも茨城県に住んでいる人でも「いばらぎ」と読むのを聞いたことがあるので、そういう世界なのかもしれません。

そのくらいでいいんですよね、いつだって正しさが絶対なわけじゃない。

おおらかであることは美徳であり、才能であると思います。

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しかし若干おおらかさに欠ける私は、この茨城県が、魅力度ランキングなるもので最下位なのはおかしいと思っているのです。

納豆がある、愛宕山がある、鹿島アントラーズがある、偕楽園がある、つくばエクスプレスがある、ジョイフル本田の本社がある、石岡健康センターがある、水戸黄門がいる、カボチャが獲れてメロンも獲れてアンコウまで獲れる。
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山がある、海もある。

特に海の魅力は大きいと思うのですよ、海無し県出身者としては。

その向こうにどこまでも広がる世界。

一周まわっていつかはここに還ってくる包容力。

身近に海がある暮らしだったかそうでなかったか、大人になってからの心の許容量に作用している部分はあると思うのです。

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群馬から海で遊ぼうと思えば、いつもやってくるのは大洗でした。

海の代名詞が大洗でした。

「大洗行った」という言葉には、そこで海水浴をしたこと、日焼けした肌がまだヒリついていること、海の幸を食べたこと、往復200キロの帰り道の車では皆が寝てしまい運転手だけが取り残されて不機嫌になったこと、そのすべてが内包されていました。
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群馬県出身者として繰り返します。

茨城県が魅力度ランキング最下位なのはおかしい。

少なくとも群馬県よりは上位で間違いないでしょう。
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群馬県は最下位のほうがおいしいことが多いような気がするので)
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妻には例によって「ちょっと行ってくる」とだけ言い残して出かけました。

日帰りなのでそれでいいと思っていますが、最近は地震が怖いですね。

「帰れなくなった」「今、大洗にいる」「なんでそんなところに」「わからない」

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じんぐりバスなっちゃん号とは。

髭釜とは。

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この日は大洗まで鉄道を使ってやってきて、大洗の街はずっと歩きました。

ここのところ脳がざわざわしている感覚があったので、放電するために歩きました。

晴れた日の海沿いを歩くのは、俺にしては珍しく気持ちのいいことでした。

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そしてこれは3日前の日記に間違いありません。

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よくない人間だからこそ、見えるものがあるのです。

育ちの悪い人間だからこそ、知っていることもあるのです。

無知の強みを主張するコンサルは大嫌いだけれど、「よくない」「悪い」なりに理解していることがあるのなら、それは無知ではありません。

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「本当に必要な人に給付金を」と言ってた人たち、きっとなにかのテクニックを使って自分を「本当に必要な」に組み入れようとしてましたよね?

そして他人の「本当」を、誰がどうやってジャッジできると思っていたのでしょう。

そういうところを役人に委ねるのは、皆が嫌がっていたはずじゃないですか。

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例によって大洗でもサウナに入ります。

ここは平日の入館料が900円の潮騒の湯です。

海の家の雰囲気、塩味の温泉、しっかりと長辺があるL字レイアウトのサウナ、2つの蛇口からかけ流しの水風呂、汐風の外気浴。
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みそ汁がでかい刺身5点盛り定食は1300円でした。

いつも一人ばかりだけれど、好んでそうしていることにしているけれど、ここには何人かで来て大きな刺身の盛り合わせを頼んでみたくなりました。

で、帰りは誰かに運転してもらって送り届けてほしい……。
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日帰りでふらっとの心構えしかありませんでしたから、水戸の先はなかなか遠く感じました。

旅行!と気合を入れてくるほどの距離でもないですし。

茨城県のしんどさともったいなさは、そのあたりなんでしょうね。

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帰ろうとしていつもよぎるのが「わざわざ帰るほど価値のある現実があるのか」との問いです。

実際には子どもたちが待っています、相変わらずの妻も待っています。

それでもそんな思いになるのは、暮らしを続ける自分自身を嫌いなままで生きてきてしまった結果のあらわれで、もう取り返しようはないのでしょう。