卒業から20年近く経っているにも関わらず呼んでもらって、堂々と母校を訪れる機会があるのはありがたい話だ。
それでもああ、俺は結局ここから巣立つことができなかったんだなと、そんな思いに襲われることはある。
「東京生まれSAPIX育ち頭良さそなヤツは大体友だち」なんて雰囲気の研究者に会うと、そりゃもう敵わないと思うもの。
物事を教養として取り込む、森羅万象を学問につなげていく。
思考のベースが違うんだよな、もう。
ちょっとばっかりローカルを知っていることなんて、この世界の相当上までいかないと、強みになんてならんのだよ。
帰り道に、今日のサウナは都留のスターらんど。
相変わらず進んで会話ができる状況ではないけれど、「昔は(富士)吉田の新倉にサウナがあったんだ」なんて話が聞こえてくると耳を傾けてしまう。
富士山をバックにした桜の中の五重塔、あの風景があるのが新倉だ。
20年前は都留の住人だった自分に心当たりがないから、それは20世紀のサウナに間違いない。
どんな世界にも先達はいるものだ。
「あそこのサウナは熱かった。あの熱さに近いのはここ(スターらんど)くらいだ」とも。
この人の中には、今も思い出のサウナが生き続けているのだろう。
ピアノジャズが流れつつテレビもついているアンバラスなサウナ室は、今日も熱かった。
水風呂も例によって、とんでもない勢いで掛け流しだった。