夕張、苦うばり、猫ばかり

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昔々、21世紀になって間もない頃。

中央道の上野原から大月の区間で付け替え工事をしていて、俺はそこで道路警備員として働いてた。

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工事現場ではそりゃ、重機動かしてガッシンガッシン作業する人間の地位が上。

警備員、それも学生バイトの俺はカーストの最下位だった。

下品で粗暴な連中に、しょうもない言葉を投げつけられてうんざりする毎日だった。

暴力を振るわれたら出るとこ出てやろうと思っていたのだが、さすがにそこは相手も百戦錬磨。

それでも当日現金払いのバイト代の奴隷になっていて、渋々働き続けていた。

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そんな俺に、たったひとり優しくしてくれたのが夕張さんだった。

本当の名前は知らん。

夕張から来たと言っていたから、夕張さんと呼んでいた。

夕張さんはいつも家の前まで迎えにきてくれて、夕張さんの車で現場に向かっていた。

細長い葉巻のようなタバコを吸っていて、「お前も1本」といつも朝一に渡してくれた。

俺が人生で吸ったタバコは、夕張さんからもらったジョーカーが最後だ。

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夕張さんは山梨の人ではないと聞いて、それならどこから来たんですかと尋ねてみたら夕張だったという話。

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夕張さんは今の俺よりちょっと上、30代後半から40歳くらいだったと思う。

現場では珍しく、短髪で細面のこざっぱりした外見。

公共工事でも人は入れ替わり立ち替わりで、素性の分からない人間はたくさんいる。

ホームレスを誘っていた、なんて噂になっていた原発作業員と大して変わらない。

立ち入った話はしないのが唯一無二のルールだ。

俺はまだまだ子供で、夕張さんとはいろいろな話をした。

他の人は口をきいてくれなかったけれど。

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夕張さんのお父さんは炭鉱の労働者で、事故で亡くなったという。

お母さんは病気で亡くなった。

仕事を求めて東京に出て、それでも仕事が見つからず(あの頃は本当、そんな時代だった!)、山梨の建設会社に流れ着いたのだという。

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夕張さんが夕張で何をしていたのかは、教えてくれなかった。

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考えてみれば、最後まで「夕張さん」と呼んでいた。

そして俺は夕張さんの本当の名前すら知らなかった。

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そんな夕張さんの夕張に、どうしても一度来てみたかったんだ。

夕張さん、もしかして夕張に戻っていないだろうか。

夕張さん、夕張の街中でひょっこり出会えないものだろうか。

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夕張さん、俺ももう37歳になったよ。

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夕張さんは…元気にしてるよね。

まだ現場?

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夕張さんとの別れは記憶にない。

俺がいつの間にかバイトを辞めて、そのまま会わなくなってしまっただけだろうけどさ。

それもまた現場の流儀。

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夕張さん、俺は今でも夕張さんに感謝してます。

本当は会って伝えたい。

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ありがとうございました。

夕張さんもお元気で。