最後のサウナ 最後の熱波師

f:id:tsumetaimizuburo:20190924112512j:image

(読まないでください)

 

ブームというのはそういうものだと、口では言っても頭では理解していなかった。
というよりも、信じていなかった。
人がたくさん集まってきた以上、離れる日もくることを皆は分かっていたのだろうと、今となっては思う。
分かっていなかったのは自分だけだった。
「最後の一人になっても俺はサウナに入る」と言い続け、実際にそうなったのだから、誰か俺を褒めてくれ。
だが今はもう、褒めてくれる人すらこの世界には残っていない。

 

それにしてもここまで見事に、と思わざるを得ない。
今、俺はサウナ室で一人の熱波師と向き合っている。
彼は文字通り最後の熱波師で、熱波師と呼ばれる存在は今日をもってこの国から姿を消す。
熱波師、カラカラサウナと湿度系サウナ、サウナ女子会、グルシン水風呂、セルフロウリュ、オロポ、サウナラーメン、吉川常務……
あれは黄金の日々だった。
サウナに自然と仲間が集まり、楽しんで、笑って、去っていく。
誰の名も知らず、でもお互いをよく知っていた。
ドラえもんの土管が置かれた空き地のようなものだった。
土管しかないけれど、遊び方はそれぞれ自由で、なんとも贅沢な空間であったことを今となっては理解できるが、遅い。
「サウナは遊び場」と評した錦糸町のボスは、一財を築いて生まれ育った坂の多い街に帰り、某有名通販企業とともにプロサッカーチームのスポンサーに名を連ねている。
フィンランドから点取り屋を連れてくるよ」というのは、こうなってみるとブラックジョークだ。
人柄は全然変わらんね。

 

熱波の送り手が最後の一人なら、受け手も最後の一人だ。
結果としてマンツーマンのロウリュ。
「最後までしっかりやりますよ」と赤い衣装の熱波師。
これだからこそ彼は愛され、ここまで生き残ってきたのだと思ったが、共感できる仲間はもうサウナ室に残っていない。
彼は明日からどこへ行くのだろう。
かつて「プロサウナー」と名乗った人たちはどこへ行ったのだろう。
余計な心配だ。
俺だって明日から、どこへ行けばいいのかわからないのだから。

 

「パネッパ!」の熱量はサウナ全盛期と変わらなかった。
彼は最後までプロの熱波師を全うした。
俺はもう俺だけしか浸からない水風呂でクールダウンし、相変わらず静かに流れる鶴見川マイナスイオンに包まれながら外気浴をして、もう一度サウナ室へ戻った。
ロウリュの後の湿度が高まったサウナ室が好きなのだが、これもまた共感できる仲間はもういない。
サウナ室のテレビでは、なぜかフィンランドとの国交断絶を決めた総理大臣が「この国をセクシーにします!」と絶叫している。
令和のサウナ禁止令。
カラカラの日本式サウナと低温高湿のフィンランドサウナは別物ではないかと、かつてのサウナ施設とユーザーたちは主張し、サウナ・○パ協会は国会議員を送り出すことまで検討した。
だが千葉県第5区から出馬予定だった彼は、河童のコスプレをしたまま姿を消し、立候補の話は立ち消えになった。
これはまあ、これでよかったのではないかと思う。

 

もう一度水風呂、そして外気浴。
俺は人生最後のサウナを終えた。
受付では、妙に前髪の標高が高い女性が「またいつか、いらっしゃい」と笑っていた。