吉田正尚が骨折したのが10月2日だった。
そこから点が取れなくなった。
重苦しい試合が増えた。
彼がいればもっと楽に戦えたし、優勝のためにロッテの結果を待つ展開にもならなかっただろう。
でもいなくなってからの16試合こそが、今年のオリックスだったとも思う。
8勝6敗2引き分け。
正尚がいなければ19歳の紅林がタイムリーを打てばいいじゃないか、それでも足りなきゃベテラン安達がツーランスクイズを決めればいいじゃないか。
そうやってオリックスは戦ってきた。
残り3試合を見届けるぞと、早く帰ってテレビ観戦したのが20日。
その日のオリックスは楽天に敗れ、記事の見出しは「痛恨の逆転負け」だった。
俺が観ると駄目なのだ。
あと残り2試合、21日の西武戦は学校に行ってチラチラと経過だけを確認していた。
オリックスは勝った。
最終戦、25日の楽天戦はロスコでサウナに入って過ごしていた。
オリックスはまた勝った。
今日はロッテの負けを祈って観戦するのもしのびなく、仕事をしてジムサウナに寄って学校に行く、よくある一日を意識して過ごした。
シーズンが佳境になるにつれて、大好きなプロ野球が観られなくなってしまう矛盾。
そしてロッテは敗れた。
オリックスの優勝が決まった。
そのことを知ったのは学校を出た帰り道だった。
オリックスが1996年(平8)以来、25年ぶりにパ・リーグの頂点に立った。25日にエース山本が楽天を完封してシーズン最終戦を終え、27日はライバルの2位ロッテの楽天との試合結果を京セラドーム大阪で待った。もう1敗もできない状況にいたロッテが楽天に敗れ、優勝が決まった。
(日刊スポーツ)
オリックスの優勝は25年ぶり、バファローズの優勝は20年ぶり。
「大阪近鉄バファローズ」が最後に優勝したのは2001年で、俺はその年の開幕戦を東京ドームの2100円の内野席で、リクルートスーツを着て観戦していた。
(この時の開幕投手は「失踪の」門倉で、岩隈はまだペーペーだったんだぜ)
馬鹿にされて、軽んじられて、踏みつけられて、数合わせの時だけ便利に使われる。
近鉄からオリックスに代わっても、バファローズが負け続けた19年間は、そっくりそのまま俺の悪戦苦闘の社会人生活の歴史だった。
俺はオリックスが優勝したら泣くんじゃないかと思っていたけど、そんなことはなかった。
逆に笑った。
大笑いした。
だって今年のパ・リーグのチャンピオンはオリックス・バファローズなんだぜ。
去年は勝率.398で最下位だったオリックス・バファローズなんだぜ。
19年間一緒に歩んできたくせに、20年目に一歩先に出やがった。
ちくしょう、先にいい目を見やがって。
負けねえからな、俺もオリックス・バファローズに負けねえからな。
オリックス・バファローズに勝てたら、今度は俺がチャンピオンだ。
本当に、優勝がこんなに嬉しいものとは思わなかった。