俺が34歳まで働いていた会社のメンバーと、まれに京王線の分岐駅で顔を合わせて嫌な雰囲気になることがあった。
そもそもが辞めていく人間=裏切り者の社風の中で、見事に組織も個人も嫌いになって辞めたのだから、こちらが常識人であったといえる。
誰とも顔を合わせたくないというより、むしろ合わせて睨んでやろうくらいの憎しみがあった。
離婚経験者から語られる、配偶者というより連れ添ってしまった時間に対する喪失感。
俺があの会社で働いていた期間にも喪失感はある。
すべてが無駄だった。
しばらく分岐駅で誰とも会わなかったので、あの会社もやっと潰れたのかと、そのほうが世のためだと決めつけて安堵していた。
それが会った、同期だった女子と会った。
新入社員だった当時は「広末に似ている」と評判で、そうなるともちろんおっさんたちから人気のあった彼女であっても、さすがに「歳を取ったな」との印象は拭えなかったが、それは当たり前のことであって、彼女も俺に同じ印象を抱いたというのだからあえて書いてやる。
10年以上の時を経て再会し、近況の話はしたものの、そのまま調布の居酒屋に向かうこともなく、お互いの電車に乗って帰った。
話してみて思ったけど、まったく許せていないんだよ、こっちからは。
心底嫌いなやつらと心を殺してコミュニケーションをとっていた当時の俺に一瞬で戻った。
ノーサイドはラグビーの世界でやってくれ、俺の人生では無理だから。
今日も地下牢で働いていると、昼休みに俺に会いたいという人がやってきた。
34歳で今の会社に採用された高齢新人に対して、研修を担当してくれた女性だった。
俺の名前を憶えていてくれて、しかも近くに来たのでどうしているのか見に来てくれたのだという。
そんな人が俺にもいたのだ。
「入った時から中年でしたけど、今はど真ん中になりました」と話したら笑っていた。
「いろいろあるみたいだけど、頑張って」と言われ、ああこの人はいろいろあることも把握してくれているんだと思った。
そんなこともあった、そんなことを思った、それだけの日記。
以上