どれほどの成果が出ているのかは置くとして(「置いちゃうのかよ」という思いはもちろんある)、心を亡くした毎日を過ごしているうちに、だんだん周りの人たちの動きと話し方が、スローモーションに感じられるようになってきた。
俺も「ボールが止まって見える」と名言を残した、打撃の神様・川上哲治の域に達してきたらしい。
いくら打撃の神様であろうと、まだ生活の隙間でサウナに入る時間があるのなら、本当は資産形成でも進めるべきなのはわかっている。
身内にも周りにも悲惨なサンプルがあったおかげで、俺は仕事や収入を生きがいにしない人間にはなった。
だけど、それだけ。
興味のない未来について無理矢理にでも考えようとすると、発想が終活になる。
あと4年、4年だけでいいから生かしてくれ。
4年あればなんとかなるんだ。
手始めの自助として、府中市の大腸がん検診の申し込みハガキを、今日投函した。
今日のサウナは多摩センターの極楽湯だった。
最近は「この時間にどうして空いているんだろう?」という状況に、ときおり出くわすようになってきた。
温浴施設のお客に限って、値上げが効いていないわけないもんな。
4年間を生きる前に、まず来年が恐ろしい。