昔々、大塚にはサウナ玉泉という、組事務所の喫煙所のようなサウナ屋があった。
そこには背中まで強面の人たちが集まっていて、それでいて普段よりはリラックスしているのであろう、そんな表情で汗を流していた。
キラキラした店にサウナーが殺到して入場制限がかかっている時、サウナ玉泉は俺と鼻が潰れた紳士のふたりぼっちで、振り飛車と角交換まがいのヘボ将棋を打っていた。
キラキラした店でサウナハットが売り出された時、サウナ玉泉で俺は千葉のソープランドを買わないかと誘いを受けていた。
キラキラした店が「オロポはじめました!」とやっている時もその後も、サウナ玉泉のサービスドリンクはずっと気の抜けたメロンソーダのままだった。
去年の9月、そんな恐ろしくも愛らしいサウナ玉泉が閉店することになった。
閉店を告げる殴り書きがSNSにまで何枚も貼り出された。
ぬるい浴槽をゲラゲラ笑いながら独占する2人組が現れた。
俺とおっちゃんの間に割って入って写真を撮る者の姿を見て、これで終わりでよかったと思った。
世界は変わってしまった。
サウナを食い扶持にするということは、食い尽くすということだ。
彼ら彼女らのいつもイラついた態度がそれを証明している。
自ら食糧を生み出せる農家なんて、どこの世界にもそうそう存在しないのだから。
いつものサウナ、いつもの水風呂、いつものお客さんたち。
いつもと同じものを求めて来たのだから、これで100点だ。
もしもの時は惜しまれる時間もなく、突然消えてしまう類のサウナ施設だが、そうなったら俺が一人で語り継いでやろうと思っている。
聞く者なんぞいなくとも、語ってやろうと思っている。
(府中白糸台日記『サウナ玉泉を一人で語り継ぐ』)