急行「かわぐち・かいじ」の「かわぐち」のほうに乗って、下吉田で下車。
幕は普通列車だけど。
富士山ってやつは、遠くからだとよく見えて、目指していくと見えなくなって、本当に近づくと大きすぎて手に負えない山だと思う。
「あひる等を放置しないでください」
行政のやることだから、実際にアヒルを放置した人がいたからこそ、この看板が建てられたのだろう。
「等」が実質どのあたりを想定しているのかも気になる。
富士山麓の観光地に来ると、インバウンドの夢の跡で寂しい気持ちになる。
が、月江寺の商店街は最初からそんなものとは無縁だ。
いろんな人が責任責任と口にするけれど、いつのまにか責任は取るものではなくなってしまったらしい。
今ではもう、責任とは感じるだけのものになってしまった。
楽しいと嬉しいの感性が弱い男には、こういう街並みが沁みるのです。
これでも、夜になると明かりが灯るらしい。
「やまなしグリーン・ゾーン認証」が絶賛されていたけれど、東京の人間がラーメン食うために、毎度名前と電話番号を記帳する生活に対応するとは思えない。
嫌いなやつを見ると、土に還れと思う。
生き残ることは誰かを殺すこと。
夏の夜、河口湖から見える富士山が一番美しいと思っている。
月の光に浮かび上がる稜線と、登山者の持つライトが瞬いて、とりあえずその日の観光客が引いていった安堵の空気が流れる。
下吉田の駅からずっと歩いてしまった。
歩いてサウナをやっておけばよかったな。
俺はもう今の吉田のうどんの店を知らなくて、結局富士山駅の地下で食べた。
富士急ターミナルビルは、止まると「チン」とベル音がする、素敵なエレベーターが現役です。
ふじやま温泉のサウナ室に入ると、かつてのスカイスパを思い出した。
湿度が高め、強烈な熱さは感じさせないものの、サウナ後の体重計で相当量の汗をかいたことがわかる、あのタイプ。
こちら富士山溶岩の湯泉水で、露天のベンチで空を見上げていると、富士山とは逆の空から突然黒い雲がやってきて、突然風が強くなって、突然外気浴の気持ちよさが増してしまった。
夏至が過ぎて、どんどん明るい時間が短くなるターンに入ってしまうのは、日陰を生きる者にとっても寂しいことには違いない。