湯パーク南柏で会う

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初めて訪れた湯パーク南柏の、ちょっと臭いが気になるサウナと、バイブラが効いたネイビーブルーの水風呂を楽しんで、浴室を出た。
番台にタオルと、首からかけていたサウナキーを返し、ついでに100円玉を渡し、アイスケースからガリガリ君のゴールデンパイン味を取り、それはこれでと、番台の元お姉さんに見せた。
そのままソファに座り、丸いテーブルに肘をついて前のめりになりながら、ガリガリ君をかじり、テレビの巨人阪神戦を眺めていた。
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いつのまにか隣に座っていた男性も、同じ姿勢でプロ野球中継を眺めていた。
4回表、岡本のサードゴロで巨人の攻撃が終わると、その男が話しかけてきた。
「アイスくらい、買ってやったのに」
白シャツにジーンズ、いかにも近所からつっかけを履いてやってきた風情だが、年の頃は俺より若い。
銭湯という場所では、年上からは結構話しかけられるものだ。
俺は高知の銭湯で「家をやるからこちらに住めば」と誘われたことがある。
山梨の銭湯では「うちの娘と畑と軽トラでどうか」と見合い話をされたこともある。
残念だがその時にはすでに結婚していたので、受けることはできなかったのだけれど。
とにかく銭湯というのは人から話しかけられやすい場所なのだが、年下からというのはあまりない。

 

いや、いきなり、いくらなんでも、そんな感じで苦笑いしながら答える。
ここには一人でやってきたのだから、100円のアイスでも自分のものは自分で買うしかない。
それにこの人とは初見だ。
当たり前のことなのだが、
「欲しかったら一緒に買ったのに」
と不思議な言葉を返してくる。
が、表情は柔らかく嫌な感じはしない。
白シャツの男は立ち上がり、同じくガリガリ君のゴールデンパイン味を買って戻ってきた。
今度は俺から、言ってくれれば買ったのにと伝えると、
「立派になったな」
と笑っている。
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並んで座ってガリガリ君を食べ、プロ野球中継を観ていた。
そんなに長い時間ではなかったが、4回裏の阪神の攻撃は長かった。
3点を取り、近本のレフトフライでようやく攻撃を終えた時に、女湯から、いささかここには不似合いな雰囲気の、ホリゾンブルーのワンピースを着た女性が出てきた。
「待ってたよ」
と白シャツが声を掛ける。
ツレなのだろう。
「一緒に野球を観てたんだよ」
と白シャツが言うと、
「それはどうも」
と女性が俺に頭を下げる。
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「お腹の中にいるんだよ」
と、白シャツが女性の腹を撫でる。
この女性、手足が細いわりに胴回りが少々……と思ってしまっていたのだが、そういうことだったのか。
「せっかくだから、せっかく会えたんだから、撫でてあげてよ」
というので、遠慮しながらも右手で撫でてしまう。
「身体はどう?」
と、どうしてか女性が俺に訊いてくるので、特に、まあ、こんな感じですと、今度は俺が自分の腹回りを撫でながら笑う。
「仕事は?」
と白シャツが訊いてくるので、転職したこともあったけど、家族が食える程度には働けてますと答える。
「幸せ?」
とまた女性に訊かれた時には、我が子たちの成長する姿を見続けていけるのだから、俺は幸せですと伝えた。
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「それじゃあ」
と白シャツが手を挙げ、
「またね」
と女性が手を振る。

俺はもうすべてをわかっていた。

ふたりは寄り添って、音もなく湯パーク南柏の階段を降りていった。
我が両親は俺が生まれる前、父の仕事の都合でごくごく短期間だが千葉の柏に住んでいたと聞いたことがある。
そこでは人に恵まれ、40年の時が経っても、楽しかった思い出は忘れられないと話していた。