「ダービーは、皐月賞で一番いい脚を使った馬を買え」
『1馬』でバリバリ活躍していた頃を俺は知らない。
清水成駿といえば東スポの馬單三國志で、G1の季節の土曜夕刊の一面が指定席のイメージ。
東スポでの連載を開始したのは2002年のことだったという。
俺が社会人になった年。
清く正しく、晴れて社会人になったことで馬券を買える身になった(あの頃は二十歳を越えてても学生だと駄目だったのよ)ことを前提に語れば、やはり清水成駿は馬單三國志の人だった。
アンカツも含めて「古き良き競馬」の構成者たちが清水成駿と競馬を語る。
あの清水成駿◎ボールドエンペラーのダービー、長谷川仁志はスペシャルウィークの相手にダイワスペリアーを選んでいたのだという。
1着 スペシャルウィーク(1番人気)
2着 ボールドエンペラー(14番人気)
3着 ダイワスペリアー(15番人気)
三連複、三連単のなかった時代。
この時のことを「清水成駿に負けた!」と今でも悔しさを交えて語る長谷川仁志。
この本は清水成駿を偲ぶというより、清水成駿と「古き良き競馬」を温かく振り返る内容。
これでいい。
清水成駿曰く「皐月賞のゴールを過ぎたところに、ダービーへの道があるんだぞ」。
皐月賞より2ハロン距離が延びるダービーに向け、脚を余して敗れた馬、ゴール後も伸び続けていた馬にはチェックが必要だという、まさに◎ボールドエンペラーを導き出した着想。
スワーヴリチャードが届かないことを察した瞬間、あーあと空を見上げてしまう皐月賞のまま終わってはいけなかったのだ。
皐月賞、もう一度見直してみないとあかんね。