子どもを連れて公園へ。
「パパ、お外行こうよ」と言うから連れて行くのだが、着いてしまえば子どもは子ども同士で遊びたがる。
全く知らない、よその子とでも。
年上のお姉さんに優しくされて照れていることもあれば、鬼ごっこの鬼役にされて泣いてしまうこともある。
それでもみんなで遊ぶことは楽しい。
最後はいつも手を振って帰っていく。
名前も知らない。
連絡先も分からない。
まあ同じ公園で遊んでいるくらいだから、近くには住んでいるんだろうけど、また会えるかは分からない。
子どもというのは、本当に短期間で見た目も話すことも変わる。
これを成長と呼んで喜ばなければいけないのだが、再会を果たせたところで、お互いがかつてのお互いでなくなっている可能性も高い。
一期一会。
日常の中の、出会いと別れの繰り返し。
時に環境を変え、立場を捨て、繋がりを断ち切ることで生活を守ってきた、つもりのパパ。
覚悟を決めているのはポーズだけで、相手が環境であれ人であれその都度葛藤し、もう一人の自分がいたら…など、余計な想像力を発揮してきた。
悲しみと苦しみの中間のような感情を味わってきた。
それだけに、子どもというのはドライだな、つくづく不思議な生き物だと思ってしまう。
感傷の感情を覚えると苦しみが増えるから、子どもには子どものままでいて欲しいと思ってしまう。