総理官邸のサウナ

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(例によって読まないでください)

 

中野のサウナノーベルで逮捕され、パトカーに乗せられてから、しばらく記憶が途切れている。
いつの間にか裁かれ、捌かれ、刑務所に入っていた。

 

フィンランドとの国交断絶を由来とする「令和のサウナ禁止令」を、俺は破った。
政治犯か、それとも思想犯か。
国家においてこういった行為は、時に人の命を奪うことより重罪だという自覚はあった。
おそらくは独房の中で虚空を眺めながら時が流れるのをひたすら待ち、しかしいつまで待てばいいのかもわからぬまま、結局は老いて朽ち果てていくのだろう。
それでも構わないと思っていた。
サウナと水風呂が消されてしまった世の中を、これ以上生きていても仕方がないではないか。

 

ところが塀の中は案外と活気があり、面白いところだった。
かつてアダムアンドイブやサウナ玉泉で耳にしたイメージとは真逆といってもよかった。
まず俺が収容されたのは雑居房だった。
同居人のいる大部屋よりも個室が好ましいのは娑婆の話であって、ここでは大人数の雑居房のほうが退屈しない。
そして囚人同士の会話もここでは制限されていない。
本来は制限されるところなのだが、刑務官たちも柔らかい表情で黙認している。
運動の時間に囚人仲間とソフトボールをしながら、俺はつくづく思った。
塀の外は圧政であったのだと。
圧政にうんざりした人間たちが、塀の内側でユートピアを築いている。
あの若き内閣総理大臣は、
「私は毎日ステーキを食べたい。きっと囚人も毎日ステーキを食べたい」
とまたしてもわけのわからぬことを言った。
その日から刑務所の夕食は毎日ステーキになった。

 

もうこのままでいいやと思いながら日々を過ごしている中で、懐かしい仲間との再会もあった。
サウナ思想犯。
週2回の入浴で一緒になったいし氏(@t_ishi_bs)は、北関東にはまだ残っていた闇サウナで捕まったのだという。
作業所で顔を合わせたピスタチオ氏(@piutaccio28)は、久松湯の跡地で「俺たちのサウナを返せ!」とハンガーストライキをして拘束されたらしいが、アイスは断食には含まれないという独自の論理を展開していた。
もっとも彼らは別な理由でしょっぴかれた可能性も大いにあるわけだが、でんぼう氏(@denbou555)が仏の道を説くべく慰問にやってきた日には笑いをこらえるのに必死だった。
彼は自宅の広々とした地平線が見える庭で、テントサウナをしていることを俺は知っている。
世の中はやはり財力なのだ。

 

ある日突然刑務官が、
「ふちうさん、明日らしいですよ」
と囁いた。
死刑にでもされるのかと思ったが、翌朝にただひとり雑居房から連れだされ、そのまま塀の外へ放り出された。
どうもこれが恩赦の力らしい。
ラーメン英二の看板を見て、自分がいたのは府中刑務所であったことをはじめて知った。
捕まる前も後も府中市民だったとはお笑いだが、果たして自分の家がまだ残っているのもなのかどうか。

 

とりあえず帰ってみるか、と一歩踏み出したところで思い出した。
塀の中で、余暇の時間に大相撲中継を一緒に観た宇田氏(@sauna_uda)の言葉。

「総理官邸には、カラカラ120℃のサウナとグルシン水風呂があるらしいですよ」

 

(丸々全部フィクションです)