生き残りサウナ

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(前話ともども読まないでください)

 

「サウナを無くすとどうなるか。サウナを無くした直後から考えていた」

 

令和のサウナ禁止令。
相変わらず何を言っているのか理解しがたい若き内閣総理大臣だが、案外と本気だった。
お膝元のサウナトーホーまで閉店させてしまったからだ。
低温で優しく見せながら湿度の妙で豪快に発汗させるサウナと、むりやり食堂に誘導する商売上手なレイアウトは、永遠に失われてしまった。
サウナトーホーの跡地は「タピオカトーホー」になり、その後「トーホー式海軍カレー」になり、今では「富士そば」になっている。
おそらく、権利関係の難しい土地なのだろう。

 

こうして日本国内から全てのサウナが姿を消したが、物事には光と影、表と裏がある。

「ニューウイングは屋上にサウナを移設したらしい」

「おふろの国が独立国家をつくったらしい」

旭川の富士サウナが復活したらしい」

「100℃まで上がるように改造された浴室乾燥機があるらしい」

しかしこれらは推測の域を出なかった。
地下経済
それは闇カジノ、裏DVD、あるいは何とか薬物。
あまりに寂しすぎるが、しかしサウナもその線で生き残るかと思われていたのだが、ここでも案外すっきり消えてしまった。
何かと行政や保健所と対立しがちだったサウナ施設だが、地下に潜り、治外法権となった環境でサウナと水風呂を維持していくのは、それはそれで難しいことなのだろう。
ただ一ヶ所をのぞいては。

 

ここは東京都中野区中野、サウナノーベル。
堂々と、いやもともとさほど堂々とした佇まいの店舗ではないのだが、賑やかな中野の片隅の、ビルの一フロアでノーベルは生き続けていた。
店に入る。
券売機で2時間10$のチケットを購入する。
カウンターでチケットを渡す。
白髪の老紳士が無言でロッカーの鍵、タオル、歯ブラシ、短パンを渡してくれる。
フィンランドとの国交断絶以前の光景が、ここにはまだある。

 

お客がいないのも以前と変わらない。
少々ヌルつく浴室の足元、マットがくたびれたカラカラサウナ、水温計があてにならない水風呂、水風呂より冷たい飲み放題の麦茶。
ここは全てが以前と同じで、サウナ施設が動態保存されているように思える。
だがなぜか、現役のままなのだ。

 

財力のあるサウナーはフィンランドへ亡命した。
財力のないサウナーはどこかへ消えてしまった。
往生際の悪いサウナーはこうして今でも中野のノーベルにへばりついている。
そして見る限り、往生際の悪いサウナーも自分が最後の一人であるように思う。
そういえば全盛期は「中央線の五十歩百歩」と評された中野のノーベル、高円寺のサンデッキ。
盟友のサンデッキも今は水道局の水タンクに飲み込まれてしまった。
忘れられたサウナ、ノーベル。
しかし生き残ったサウナ、ノーベル。
結局は最後まで生き残ったものの勝ちなのだ。
こうして中野のサウナノーベルは、あらゆるサウナの頂点に立ったのだ。
意外すぎる結末だが、物事というのはこういうものなのだろう。

 

98℃のサウナ室で映らないテレビを眺めていると、なんだか遠くから声が聞こえた気がした。
何℃だかわからない水風呂でクールダウンし、浴室を出ると、制服姿の男に腕を掴まれた。
「いいから、早く服を着なさい」
その先では、受付にいた白髪の老紳士が既に手首へ輪っかを掛けられていた。
「いいんです、もう私には、何もないんですから」
それは初めて聞いた彼の声だった。

俺も同じだよ。

 

服を着ると両手に輪っかを掛けられて、白髪の老紳士と仲良くパトカーの後部座席に乗せられた。
フィンランドの刑務所にはサウナがあると聞いたことがあるが、これから俺が運ばれるのはまずは警視庁で間違いない。

 

(この日記はもちろんフィクションです。わかるやろ)