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放ったらかしの広いグラウンドで

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放ったらかしの広いグラウンドで、息子とふたり、暗くなるまでサッカーを。

サッカーゴールも放ったらかしのまま置いてあったから、いつの間にか年齢差33歳のPK戦

4歳児でも、ボールの扱いに慣れれば37歳中年(シジマールより全然若いぞ!)の逆を突くようなシュートを決めてくる。

はしゃいでかなり疲れたらしく、7時過ぎにはもう眠ってしまった。

 

東京に帰ったら、そんなに好き勝手にボール遊びできる公園はないんだよ。

 

息子はしばらく、妻の実家で過ごしていた。

弟が産まれたから、里帰り出産の妻とともに信州で過ごしていた。

おじいちゃん、おばあちゃんにもたくさん構ってもらい、いつも笑顔。

同年代の友達もできたらしい。

 

東京に帰ったら、パパはお仕事、ママは弟の面倒を見なければ。

 

息子にとって、おそらく妻の実家がある信州で過ごした日々は宝物になる。

東京でもパパとママ、君が楽しく過ごせるように頑張らないといけないんだけど、もちろん頑張るつもりなんだけど、どこまで頑張ることができるか。

 

パパは君が産まれてきてくれた時、勝手に人生を折り返したような感覚になってしまって、これからは家族のために、何より君のために生きようと思った。

それなのに、君のためになるようなことをどれだけできているのか。

 

虫明亜呂無だったか、

「人生の苦しみとは、生活の苦しみ」

という言葉を思い出す。

暗いパパで、ごめんね。 

『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧幻の三連覇』(中村計)

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「香田の機嫌の良し悪しはわかりやすかった。機嫌が悪いと、目が細くなり、耳まで赤らむ。選手とあいさつを交わすときのナンバーワンのポーズの位置も低く、どこかおざなりになる」

「(香田)監督は、高いから買えない、じゃなくてまず買っちゃうんですよ。ある意味、芸術家ですよ。理論理屈よりも、思いが優先しちゃう」

「それにしても高校野球の監督としては型破りだし、大胆である」

「打線のほうは神戸国際大附の変則左腕大西正樹(元ソフトバンク)にわずか1安打と屈服した。だが、香田はあっけらかんとしていた」

「あんな指導者(香田監督)、初めて見ましたね。怒りと悔しさが、本当ににじみ出てて。帰るぞ、おら!って、汗すら拭かずにバーッとバスに乗って帰っていった感じですから」

 

香田誉士史とは、実に気持ちの上下動が激しい人だ。

それは演じているわけではないらしい。

途中、ビッフェで山ほどのミートボールを盛っていた描写がある。

察するに、明らかに過食状態だったという。

高校野球の名将、例えば智弁和歌山の高嶋監督や明徳義塾の馬渕監督、現場を退いているが常総学院の木内監督や横浜の渡辺監督など。

この辺りも情熱があり、口うるさいイメージはあるが、どこか演じている雰囲気はある。

少なくともマスコミ対応は、それはそれとクールに割り切って喋れる人たち。

しかし香田監督はそうではなかった。

ここでは香田が取材対象だから、極端に大胆で極端に繊細な性格が愛をもって描かれているが、傍観者からすれば異様なシーンも多かったろう。

北海道からの甲子園制覇、それも連覇。

「アイスホッケーで言えば、沖縄代表が全国優勝したようなもんでしょ」

との例えが出てくる場面があるが、それだけのことを成し遂げたにもかかわらず、あっという間に駒大苫小牧を去り、鶴見大のコーチになり、今は社会人チームの西部ガスでコーチ。

高校野球の現場に戻らないのは本来不自然なのだが、当然そこには察するべきものがある。

香田誉士史、本人は相当に苦しみながら生きているように感じた。

相手チームや選手たちと戦う以前に、儘ならぬ自分との戦い。

 

高校野球駒大苫小牧の監督として2004年と2005年の夏の甲子園を連覇、2006年も決勝まで進出している。

2006年の決勝戦でエース田中将大駒大苫小牧を破ったのが、エース斎藤佑樹早稲田実

この本の中で、斎藤はタフで、クールで、キレのある球を投げる都会的な洗練された投手として描かれている。

この頃の斎藤は本当に凄かったんだよ。

どうしてこうなった?

大井競馬場で逢おう

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通算7000勝を目指す60歳的場文男とガンバルサムライ。

残念ながら2番人気7着でした。

的場文男、今日は勝ち星を上積み出来ず。

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あと7勝!

次回大井開催あたりでの達成になるだろうか。

少々遅れても東京ダービーで達成してくれる、というのもまた素晴らしいけれど、それではペースが遅過ぎか。

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GWの大井競馬場

5月2日、3日とナイターでの開催だが、これは船橋開催のおまけ。

夕方5時からの8レース制はいかにも変則で馬が揃っていない。

1レースから4レースまで、高知競馬の一発逆転ファイナルレースのような馬柱。

今日がデビューの3歳馬があっさりワンツーを決めたりして、読み難い展開。

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いや、まあそういうところから勝ち馬を見つけるのもまた競馬なんですけどね。

レベルの高い馬たちが集まったところで、馬券が当たるわけでもないし。

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立夏の候、か。

夜風を気持ちがいい、と感じられる時期がやってきた。

特段季節感のある生活をしているわけではないが、暖かくなっていくのは理由はないけれど嬉しい。

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田倉の予想も相変わらず元気だった。

「今日は8レースしかないから、様子見してたらすぐ終わっちゃうから、どんどんいくよ!」

今日も楽しませてもらいました。

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馬券のほうも珍しくお財布の中身を増やして帰宅する展開。

最終レース、6枠2頭で決まってくれたのが最高で思わず「楢崎!」と声が出てしまった。

楢崎も西も坂井もありがとう。

三連単11280円。

米買って帰ります。

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明日も来たくなってしまって、どうしよう。

来ればいいだけなんだけどさ。

そんじゃ、また。

天皇賞春予想

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キタサンブラック

サトノダイヤモンド

▲シャケトラ

シュヴァルグラン

レインボーライン

 

内枠有利、長丁場は距離のロスなく運んだ馬が有利になる。

3200mの天皇賞春の傾向においても、そんなの当たり前。

ならば軸は2枠3番キタサンブラックに落ち着くのが当然の帰結。

 

2強のもう一方、サトノダイヤモンドは8枠15番に入ったわけだが、この馬は8枠で競馬をすると3戦3勝というデータがあって迷いだす。

サトノダイヤモンドはもう他馬との力関係を超越し、枠順云々の世界など全く無縁のものとして、気持ちよく走れれば距離ロスなんぞ問題にしない領域にいるのではないか。

そもそも9戦7勝、勝利条件を論ずる以前に勝ってばかりの馬ではないか。

しかし8枠から勝ったのはきさらぎ賞神戸新聞杯、そして前走阪神大賞典

G1のここを外枠から勝ったら本物、そうなったら今後は逆らいませんということで今日のところは対抗馬扱いでひとつ。

 

月並みだが勝つのはキタサンブラックサトノダイヤモンドか。

(当日正午、キタサンブラック単勝2.4倍にサトノダイヤモンド2.8倍。両方買っても利益が出る!)

三連単は上記2頭にシュヴァルグラン、シャケトラ、レインボーラインを3列目のみにマークするか、それとも2列目にまで入れてみるかがセンスの問われどころ。

まだキャリアは浅いが鞍上田辺の魅力に1枠1番のシャケトラ、中長距離G1引き立て役の趣だが安定のシュヴァルグランは2列目に入れてみる価値があると思っている。

夕張、苦うばり、猫ばかり

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昔々、21世紀になって間もない頃。

中央道の上野原から大月の区間で付け替え工事をしていて、俺はそこで道路警備員として働いてた。

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工事現場ではそりゃ、重機動かしてガッシンガッシン作業する人間の地位が上。

警備員、それも学生バイトの俺はカーストの最下位だった。

下品で粗暴な連中に、しょうもない言葉を投げつけられてうんざりする毎日だった。

暴力を振るわれたら出るとこ出てやろうと思っていたのだが、さすがにそこは相手も百戦錬磨。

それでも当日現金払いのバイト代の奴隷になっていて、渋々働き続けていた。

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そんな俺に、たったひとり優しくしてくれたのが夕張さんだった。

本当の名前は知らん。

夕張から来たと言っていたから、夕張さんと呼んでいた。

夕張さんはいつも家の前まで迎えにきてくれて、夕張さんの車で現場に向かっていた。

細長い葉巻のようなタバコを吸っていて、「お前も1本」といつも朝一に渡してくれた。

俺が人生で吸ったタバコは、夕張さんからもらったジョーカーが最後だ。

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夕張さんは山梨の人ではないと聞いて、それならどこから来たんですかと尋ねてみたら夕張だったという話。

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夕張さんは今の俺よりちょっと上、30代後半から40歳くらいだったと思う。

現場では珍しく、短髪で細面のこざっぱりした外見。

公共工事でも人は入れ替わり立ち替わりで、素性の分からない人間はたくさんいる。

ホームレスを誘っていた、なんて噂になっていた原発作業員と大して変わらない。

立ち入った話はしないのが唯一無二のルールだ。

俺はまだまだ子供で、夕張さんとはいろいろな話をした。

他の人は口をきいてくれなかったけれど。

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夕張さんのお父さんは炭鉱の労働者で、事故で亡くなったという。

お母さんは病気で亡くなった。

仕事を求めて東京に出て、それでも仕事が見つからず(あの頃は本当、そんな時代だった!)、山梨の建設会社に流れ着いたのだという。

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夕張さんが夕張で何をしていたのかは、教えてくれなかった。

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考えてみれば、最後まで「夕張さん」と呼んでいた。

そして俺は夕張さんの本当の名前すら知らなかった。

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そんな夕張さんの夕張に、どうしても一度来てみたかったんだ。

夕張さん、もしかして夕張に戻っていないだろうか。

夕張さん、夕張の街中でひょっこり出会えないものだろうか。

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夕張さん、俺ももう37歳になったよ。

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夕張さんは…元気にしてるよね。

まだ現場?

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夕張さんとの別れは記憶にない。

俺がいつの間にかバイトを辞めて、そのまま会わなくなってしまっただけだろうけどさ。

それもまた現場の流儀。

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夕張さん、俺は今でも夕張さんに感謝してます。

本当は会って伝えたい。

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ありがとうございました。

夕張さんもお元気で。